帝人 を抱く夢をみた。
同年代の少女の平均よりも小さいんじゃないかと思うその身体を優しくシーツの上に押し倒して、自ら選んだ可愛らしいワンピース丈のニットも、その下の花柄のタンクトップも全て剥ぎ取って、露わになった鎖骨に唇を寄せて、肌の上に咲いた赤い華にどうしようもなく劣情をそそられて、そのままするすると脱がせた下着の奥へと――――
「っ!」
動揺を押し殺すために深く息を吐く。肺の中に溜まっていた二酸化炭素と酸素を交換したら、少しだけ頭が冷えてきた気がした。否、気ではなく、年も変わって半月ほどしかたっていないこの時期の、冷えた夜の空気は確実に臨也の頭を冷やした。
まだ夜明けにもなっていない、暗い夜中である。枕元の時計で時刻を確認した臨也は、不機嫌そうにぐしゃぐしゃと己の頭をかき乱した。そうでもしないと、とてもじゃないが落ち着いていられない。
「ぅ・・・・にい、さま」
三人は寝れるのではないかという大きさのベットの、臨也の隣にある丸い塊がもぞもぞ動く。羽毛布団から出てきたのは、眠そうに目を瞬かせた帝人の顔だった。
「起こしちゃった? まだ時間はあるから寝てなよ」
ぽんぽん、と夢と現実の間を彷徨う帝人の頭を撫でる。うつらうつらと舟を漕いでいた帝人はものの数十秒で大人しくなり、くぅくぅと寝息を立て始めた。それを見届けてた臨也はけれど、自分は寝る気になどこれっぽっちもなっていない。
――――酷く生々しく、それでいてはっきり夢だとわかる夢だった。
帝人を押し倒して、抱く夢。肉欲と愛欲にまみれた、
傲慢 らしくない夢。
溜まっているのか、と問われれば頷くしかない。ここのところ仕事三昧で、ろくに女性と共にいるような機会に恵まれなかった。だからか、と言われればそれまでだが、悲しいくらい自分を理解している臨也は、愕然となって思わず「ウソだろ」と漏らした。
(よりにもよって、この子に惚れちゃうだなんて)
いくら兄だ妹だ言おうとも、自分たちは所詮赤の他人。そこに恋愛感情が生じたとしてもなんの不思議もない。しかしよりによって帝人だとは、と臨也は天井を仰ぐ。臨也が知る限り、帝人は最も恋愛感情から遠い少女だ。
妹だから、ではない。帝人が臨也を兄と慕うから、そしてなにより彼女が『強欲』であるから、今まさに自覚した臨也の恋が成就する瞬間がやってこないだろう。彼女はあまりにも幼く、そして自分自身に正直だからだ。
不特定多数に執着し、他者を求め、この世のすべてを欲する『強欲』はけれど、決して己の物を分け与えようとはしない。たったひとつで十分だと、満足しない。それが感情でも比喩の類でも絶対に、帝人はただひとりに心を向け、あまつさえ愛を告げることなどしないだろう。私はあなたのモノだと、定番の甘い台詞を唇に乗せることもしない。
それに加え、帝人は完全に臨也を兄と認識している。自分たちの間には血縁関係がなければ、戸籍上のつながりでさえ、ないというのに。
これは偏に帝人が『起きて』からずっと、周囲に
兄姉弟妹 のいない環境で過ごしてきたからだろう。『強欲』という、
兄姉弟妹 の中では最も重いモノを背負っている少女は、その重さに反してあまりにも幼く、か弱かった。その重さに耐えきれなかった心は無意識のうちに同族である臨也たちに絶大な憧れと恋しさを募らせた。ゆえに帝人は臨也たちを慕うが、それはあくまで苦しみを理解しあえる同族として求めているのであって――――恋愛感情に発展することはないのだ。
報われない。叶わない。決して、伝わることはない。そんな恋に、臨也は落ちてしまったのだ。
はぁ、と大きくため息をひとつ、唇から洩らす。どうしようもないとわかっていても、何の対策もできないのが恋というやつで、落ちてしまったからには潔く諦めて身を引く――――という選択肢を持っていないのが、
傲慢 であった。
によによとあやしく笑いながら、そっと掛け布団ごと帝人を抱きしめる。布団からはみ出している帝人の、自分好みの石鹸の香りがする首筋に唇を寄せてそっと目を伏せた。
(可愛いなあ、帝人ちゃんは。同じ妹でも
九瑠璃と舞流 とは全然違う。帝人ちゃんが帝人ちゃんだから、こんなにも可愛いんだ)
ちゅ、ちゅ、と啄ばむだけの軽い口づけを落としながら、最後にそっと帝人のまぶたの上に唇を押しつけて、臨也は帝人を抱きかかえたまま目をつぶった。このまま朝を迎えたって、彼女は驚きもしなければ動揺もしないだろう。全てを家族愛で、片づけてしまう。臨也の身を裂かれんばかりの恋心でさえ、ひとくくりにして受け流してしまうのだ。残酷なほどに、簡単に。
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