池袋来良総合医科大学病院内において長期入院の患者に与えられるその個室は、患者の個性のままに内装を変えられるがゆえに、院内においてとびきりの、異物であった。
真っ白な壁、真っ白なカーテン、真っ白なシーツ、真っ白な窓枠、真っ白な花瓶、真っ白な花、真っ白な扉。徹底的に、壊滅的に、破壊的に清潔を求めた結果としては皮肉なことに、その清潔 にはどこか、毒のような雰囲気が漂っていた。清潔的なのに退廃的。絶対的なのに相対的。甘いのに苦しい。綺麗なのに、汚い。その矛盾を孕みながらも確固として存在しているその部屋は、中にいる一組の男女が抱える雰囲気に酷く似ていた。
真っ白なシーツに身をゆだねている少女は、この部屋に入ってきたからちらりとも自分のことを見ず、逃げるかのように窓から外を眺めている少年に、にこにこと子供らしい純粋さに満ちた笑みを向けた。
「ねえ、面白い話をひとつ、してあげるね」
くすくすと話す前から本当に楽しそうな笑い声を唇からこぼれさせて、少女はなにも反応を返さない少年などそれこそ目に入っていないように、勝手気ままに語りだした。
「ねえ、宝箱に入っているモノって、本当にそこに入れる必要があるのかな」
ベッドの脇の小箱を手のひらでもてあそびながら、少女は語る。
「大切なモノだから鍵をかけて、壊れないように、壊されないように、誰の目にも触れないように、誰の手にも渡らないように。守るって、そういうことなのかな」
空っぽの小箱をひっくり返しながら、少女は語る。
「大切なモノは本当に、守るべきモノなのかな」
反応を返さない少年の鼓膜を己の声は確かに揺らしているのだと確信しながら、少女は語る。
「大切なモノは本当に、守る必要があるモノなのかな」
自分の言葉ひとつひとつが少年にとってこれ以上ないほど苦痛であると知りながら、少女は語る。
「ねえ、大切なモノは本当に――――」
「沙樹」
少年が窓の外を眺めたまま少女の名を呼んだ。それは呼んだというよりも声に出して発音したに近かったが、懇願するような響きを持っていた。もうそれ以上やめてくれ、と。現に――――窓ガラスに映る少年の顔は、悲哀とも憤怒ともつかぬ感情で歪んでいる。
「ねえ、正臣の大切なモノは、本当に守らないといけないモノだったのかな?」
少年の懇願を無視して、少女は綺麗に無邪気に純粋に、そして酷く残酷に微笑んで、紀田正臣にとっての悪夢を、嗤った。
PR