‘その子‘を見つけたのは偶然と言ってもよかった。自分たちのことを考えれば必然とも言えるのだが、臨也にはどうでもよかった。
垂れ流しになっている意識の元を探す。誰だろうかと首を傾げて、自分を殺したがっている兄弟の顔を脳裏に浮かべたが、すぐに消した。彼だったら自分が彼の意識下に足を踏み入れた瞬間に殺しに来る。こんなに落ち着いているはずがない。よく探れば、『それ』は臨也に気付いていないようだ。もうひとり、兄弟の顔を浮かべたが自分以上に多忙である彼が平日の昼間近くから街中を歩いている可能性は低い。
ならば考えられる可能性、は。
(新しい弟妹 が、来た・・・・・?)
可能性がないわけでは、ない。ここには臨也以外に兄弟がふたりいる。臨也を含めて三人だ。自分たちが互いに引き寄せあうのは誰にも止められない本能のようなものだから、『起きた』弟妹がここに集まるのはごく自然なことだ。
そう考えるとがぜん興味がわいてきて、臨也は人の波を泳ぐように新しい弟妹へと足を向ける。すれ違う人の中にやけに学生が目立つのが気になって、そういえば己の母校の入学式だということを思い出した。同時に、実家から来年実の妹たちがそこを受験するのだと報告されたことも思い出して、臨也は決して品行方正ではない実妹たちが起こすであろう厄介を予想してため息をついた。
人ごみの向こうに知り合いの少年を見つけて臨也は目を細めた。彼もまた己の母校のブレザーを羽織っているから、きっと入学式を終えた直後なのだろう。仲が良いわけではなく、どちらかといえば疎まれている自信があったので臨也は無視して通り過ぎようとした、が
臨也の紅い瞳が、彼の隣にいる少女を視つけた。
( み つ け た )
呼吸が止まった。心臓が停止した。血液が爆発した。脳髄がとろけた。体液が淀んだ。感情が霧散した。そんな錯覚をするくらい強く、本能が叫んだ。
妹をみつけた、と。
震える足を叱咤して動かし、わななく唇にむりやり弧を描かせる。虚勢とはわかっていたが、例えどんな状況であっても余裕を崩すことは、『傲慢』としての自分が許さない。だから、
「やあ」
あくまで、爽やかに。あくまで、友好的に。あくまで、無害に。あくまで、無頓着に。あくまで、偶然的に。あくまで、好青年風に。あくまで、無関心に。
そう、飽くまで、ただの他人のように。
「久しぶりだね、紀田正臣君」
嫌悪と侮蔑と恐怖が入り混じった、決して好意的ではない表情を浮かべる正臣に視線を向けながらも、臨也の意識は彼の後ろで縮こまっている、先ほどの臨也と同じように荒ぶる感情の波に気圧されて硬直している少女へと向いている。
「あ・・・・・ああ・・・・・どうも」
「その制服、来良学園のだねえ。あそこに入れたんだ。今日入学式? おめでとう」
建前でしかない祝辞を述べながら、臨也は正臣がその少女をかばうように己の背へと隠したことに気がついた。彼がそこまでするのなら、ただの行きずりではなくよほど大切にしている友人、もしくは恋人ということになる。気に入らないなあ、と臨也はこれっぽちも感情を表に出すことなく心の中で吐き捨てた。実妹には欠片もわかなかった妹への庇護欲が、こんなところで顔を出してきた。
「え、ええ。おかげさまで」
「俺は何もしてないよ」
「珍しいっすね、池袋にいるなんて」
「ああ、ちょっと友達と会う予定があってね。そっちの子は?」
さらりと本題を切り出す。自分の話題になったことに気付いたらしい少女が、びくりとその華奢な肩を震わせた。
「紀田君がこんな可愛い子連れているなんて、珍しい」
「・・・・・・ただの友達ですよ」
「ふうん?」
ただの、ねえ。唇だけ動かして囁くと、困ったように正臣と臨也の顔を交互に見つめていた少女が、意を決したように口を開いて竜ヶ峰帝と名乗った。少女らしくない雄雄しい名前に臨也は小さく噴き出す。
「エアコンみたいな名前だね。俺は折原臨也」
臨也も名乗る。会話の糸口を掴んだ事で勇気付けられたのか、帝人と名乗った少女が口を開きかけた。何について言おうとしているのか、その内容を察した臨也は素早く彼女の目の前まで歩み寄ると、顔を近づけて彼女の唇に己の人差し指を当てた。
「その話はまた今度だ。紀田君にばれたら、困るだろう?」
その名前を出した瞬間、帝人の目が大きく見開かれる。ようやく前方で焦った顔をしている少年のことを思い出したらしく、帝人の顔が作り物めいた微笑に変わる。臨也は我が妹ながらその変り身の早さに内心で舌を巻いた。
「じゃ、そろそろ待ち合わせの時間だから」
臨也が振り返りざま正臣にそう言うと、彼は露骨に安堵の表情を浮かべた。逆に背後で露骨にがっかりする気配がしたので、臨也はすれ違い様に落ち込みかけている少女の耳朶へと唇を寄せる。
「また会いに来るよ、俺たちの可愛い妹」
そのまま振り返ることなく早足でその場から立ち去る。待ち合わせの時間が本当だし、なによりあれ以上その場にいたらうっかりぽろっと何か喋ってしまいそうな気がした。喜びと不安に満ちた、きらきらと輝く瞳で自分を見つけていた妹の姿を脳裏に浮かべながら、臨也は鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌で池袋の街を後にした。
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