扉を開けたら、そこには芸能人が立っていた。
「――――――え?」
チャイムに誘われるままほいほい扉を開けたら、そこには今話題の和島幽平が立っていた。いくら流行に疎い田舎者の帝人でも、彼がどれだけ有名かは知っている。ていうか実は隠れファンで、知られるとからかわれるので正臣には見つからないようにこっそりと彼の記事が載っている雑誌を買ったり、レンタルショップで彼の出演作品を借りたりしていた。帝人は扉を開けたままの状態で己の頬をつねり、そこに痛覚が存在する事に喜んでいいのか戸惑っていいのか微妙な気持ちになった。
彼が『誰』かは、わかっている。
それでも『扉を開けたら芸能人が立っていました』な衝撃から復活することができないまま帝人が呆けていると、じっとこちらを見つめている和島幽平を押しのけるようにして、見慣れた金色が姿を現した。
「なに固まったんだよお前ら・・・・」
「兄さま」
呆れたような顔で現れた静雄に安堵を覚え、視線で彼に説明を促す。静雄は妙な顔をして和島幽平に「説明くらい自分でしろよ・・・・」と言ったが、どこか諦めたように口を開いた。
「帝人、『弟』だ」
静雄が指差しながら言う、和島幽平は怖いぐらいに表情を変えないまま、まるで思い出したかのように一言。
「初めまして、『怠惰』です」
静雄から『怠惰』が彼の実弟だとは聞いていたが、それがまさか芸能人の和島幽平だとまでは聞かされていなかった。説明不足を軽く視線で咎めると、静雄も悪かったと思っているらしく、明後日の方向へ視線を向けた。玄関先で話し合うのもなんなので思わず彼らを部屋に上げたが、勢いだけなのでこのあとどうするか帝人に明確な目的はない。説明さえしてもらえれば満足なのだが、どうも『怠惰』である平和島幽―――それが彼の本名なのだと静雄に聞いた―――はどこか気だるそうな雰囲気で、説明を求めても無駄な気がする。
「この前兄さまのところに泊まった時に、確かにもうすぐ会えるかもとは言われましたけど」
軽くため息。どうも静雄は事前説明を省く傾向にある。どうにかしてほしいものだと帝人は思う。
「来るなら事前に連絡を入れてください。ぼくのアドレス、兄さまだって知ってるでしょう? いきなりはとても驚きます。扉を開けたら芸能人って、ドッキリ企画かなにかかと思いましたよ、全く」
帝人が咎めると、静雄は小さく「悪かった」と囁いた。
「幽の休みは取れにくいから断言はできねーんだよ。今日は午後だけ休みになっったつーからよ、連れて来た」
「俳優さん、ですよね」
意外だな、と思う。確かにすさまじく顔が整っている幽には天職だろうが、実際の彼は演技などできそうにないくらい無表情だし、なにより彼は『怠惰』なのだ。働くという行動自体、彼には似合わない。自分たちの本質からはどう足掻いても避けられないから、彼が『怠惰』なのなら、俳優というキツいスケジュールが組まれる職業は忌避するはずだ。
「働くのは面倒だよね」
そこで初めて、帝人の疑問に応えるように幽が口を開いた。
「でもここでがんばって働いておかないと、後々もっと面倒なことになるから。世の中には面倒なものと、今やっておかないと後でもっと面倒なことになるものがあるんだよ?」
もっともらしい彼の持論に、帝人は納得したような腑に落ちないような微妙な顔をする。ものすごく面倒なことになるのは嫌だから今のうちに少し面倒なことをやることでそれを回避するという、面倒くさがりなんだか真面目なんだかよくわからない。
「あんまり気にすんな、帝人。昔っからこーゆー奴だ。表情が変わんねーのも、半分は俺のせいってのもあるけど、半分は表情変えるのも面倒だっつー理由だからな」
「それは・・・・・『怠惰』らしいですね」
らしくてなんだか安心する。やはり彼も『兄弟』なのだなと帝人は実感した。
「君が『強欲』ってことは、兄さんから聞いてるよ」
この前のダラーズの集会のこともね、と幽は続けた。一貫して無表情だから、感情がわかりにくくて接しづらい。集会と言えばそれは全開の無茶を指しているのだろう。あの件は静雄や臨也からねちねちしつこく怒られ続けていたので、それなりに耳が痛い。
「写メで見たときは普通の子って思ったけど、俺たちの『兄弟』がそんなはずないね。面倒だから俺は説教なんてしないけど、まあ無茶は控えようか」
「・・・・・・・はい」
説教ではないと彼が言うように、怒られているという感じはしない。しかし言葉が少ない故に、深く帝人の胸に刺さる。面と向かって怒られるよりも厄介だ、とは言わないでおいた。
「池袋へようこそ。君で四人目の『兄弟』だね」
「残りは・・・・・・三人、ですか」
『色欲』、『嫉妬』、『暴食』の兄姉弟妹たち。どこにいるかは知らない。誰かはわからない。だた、『起きた』時から本能のように知っていた、同じ境遇の誰か。
「『起きて』いるのならここに集まってくるよ。君みたいに、ね」
幽が言うその台詞、似たようなことを臨也にも言われた。自分たち『兄弟』は引き寄せあうから、なにもしなくても『兄弟』たちが多く存在するここに自然と集まってくるらしい。その筆頭たる例が帝人だ。幼馴染に誘われ、『非日常』への好奇心も手伝い、甘楽こと臨也の甘言もあって上京にいたったわけだが、それも全て必然的なことだったらしい。気に入らない、と思う。『強欲』という本質なのかそれ以外の理由からか、帝人は自分以外の意志で動く事を厭う。誰かの、それが偶然とか必然とか人外的なものであっても、他人の意志で動くなどまっぴらごめんだ。
「とりあえず、早く会えることを祈ることにします」
別に『兄弟』が全員そろったところで何もないのだが、いるのなら会いたいと帝人は思う。この『痛み』を共有できる『兄弟』がいれば、帝人はもうひとりにはならないから。帝人は自分の身体をかき抱くと、そっと目を伏せた。瞼の裏にまだ見ぬ『兄弟』を浮かべるように、強く強く目を閉じた。
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